10月14日の泰勝寺跡での合同お茶会の分です。
熊本では毎年スポーツの日に表千家・裏千家・肥後古流等五流派での合同茶会が開催されます。
場所は元肥後熊本藩主細川家の邸宅『泰勝寺』と隣の立田自然公園の仰松軒。
泰勝寺は細川家の菩提寺であった為、今は神殿の中に細川家のご先祖様が祀られています。
合同茶会では、この普段入れない細川家縁の茶室『仰松軒』に入る事ができるんですね。
去年は子供達の部活関連で大会だの忙しく、泣く泣く行けなかったので、この日は心躍りながら参加致しました✨
小鳥達のオーケストラの中、この様な素晴らしい文化財の茶室でいただけるとは実に至福の時間。
表千家の方々。
江戸中期の細川藩の掛け軸(当時の御殿様が書いたもの)
"ぎしゃてんかのりょうはんなり"
凄い迫力でした・・・
〈立田山麓にある熊本藩主・細川家の菩提寺泰勝寺跡の解説〉
細川家初代藤孝夫妻と二代目忠興とガラシャ夫人の墓「四つ御廟(ごびょう)」や、武人でありながら茶道にかけては国内随一といわれた細川忠興の原図に基づいて復元された茶室「仰松軒」等があり、茶室「仰松軒」にある手水鉢(ちょうずばち)は、京都で細川忠興が愛用したもので、豊臣秀吉や茶の師・千利休も使用したと伝えられています。
歴代の藩主は、この手水鉢を参勤交代の道中にも持参してその風情をめでたといわれ、四季折々に茶会が催されております。
また、細川忠利(ほそかわただとし)から客分として招かれた宮本武蔵(みやもとむさし)の墓もあると言われております。
宮本武蔵の墓は全国に5か所あるといわれ、その内の3か所は、正保2年(1645)に生涯を閉じるまで晩年を過ごした熊本に。
一つは、この立田自然公園内泰勝寺跡。二つ目は、老杉が立ち並ぶ大津街道(旧国道57号沿い)にある「武蔵塚」。「細川公参勤の節には御行列を地下にて拝し、御武運を護らん」(細川公の参勤交代をかげから拝し、護りたい)という武蔵の遺言に従って、甲冑を着け太刀を持った姿で埋葬されていると言われております。
「新免武蔵居士石塔」と読める苔むした墓石が建っており、現在では武蔵の銅像が建つ「武蔵塚公園」として整備されています。三つ目は、市内西部の島崎町にある「西の武蔵塚」。しかし今でもどの説が正しいのかは、謎のままだそう。
緑に囲まれたこの公園は、昭和30年(1955)に細川家から熊本市に貸与され、以後立田自然公園として一般に公開、市民の憩いの場として親しまれています。北岡自然公園の妙解寺(みょうげじ)跡と共にに、「熊本藩主細川家墓所」として国の史跡に指定されています。
金木犀がとてもいい香り・・・
肥後古流さんの薄茶席にもお邪魔しました。
お点前が全然違うので見ていて面白いです。